寂しさの理由。
2年前、武道館で行われた追悼ライブの時
会場内はただただ哀しみのオーラでいっぱいでした。
きっとほとんどの人が現実を受け入れられないまま
会場でひたすら坂井さんの事を想っていたと思います。
あの時ステージ上で坂井さんの存在を確かに感じたのは
皆の想いが一つになって起きた奇跡だと思っています。
哀しい気持ちいっぱいで向かったライブでしたが
結局は心癒されるライブとなりました。
しかしあれから2年・・・。
皆それぞれ気持ちに区切りをつけて参加したと思いますが
会場の雰囲気が坂井さんのいない事に慣れてきている気がして
なんだか寂しい気持ちになりました(-_-;)
坂井さん以外の方に声援を送ったり
笑顔でライブに参加するのが悪いというのではありません。
いつまでも哀しむことが追悼でもないし
坂井さんを想うことではないと思っています。
ただそこに、坂井さんの“心”の存在を
忘れているような気がして寂しかったのです。
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コメント
こんにちは。私も武道館ライブに参加しました。二年前のライブは涙だらけでその場でただただ涙を流していただけのような気がします。去年の一周忌ライブの時に初めて自分で用意したお花で献花台に向かいました。なんとも言えない気持ちでやはり開演前から涙を流していました。そして今回は・・・。献花台に向かいしっかりと自分の気持ちを伝え、ライブの開演を待ちました。それでもやはり最初の坂井さんのMCが流れた途端涙が流れました。ニ、三曲は泣きっ放しでした。でも今回は「楽しく過ごしたい。」と思っていたんです。涙を流していると綺麗な坂井さんの姿が滲んでしまうんです。だから一生懸命目を開き、必死で見ていました。
確かにゲストの方のライブ告知の広告が入っていた事等少々残念な気持ちになりました。本来のこのライブの意味を崩さないで欲しいと思いました。
坂井さんが居ないこと・・・それは事実です。ファンの人達は誰一人その現実に慣れてしまってる人はいないと思います。悲しくて悲しくて、でもZARDの曲を聴くと元気になれるんです。だから坂井さんの作品を聴き続けるんです。坂井さんは皆の心に居続けます。そう思っていないと皆壊れてしまいます。いつまでも「死んでしまった」それだけでは重過ぎて、辛すぎてZARDの曲が聴けなくなってしまいます。
音楽葬の日も含め一周忌での代々木ライブ、三回忌の武道館ライブ、どの日も見事な天気でした。坂井さんは笑って見てくれていた。と私は思っています。坂井さんが悲しんでいるような大粒の雨は降りませんでした。私達が悲しんでばかりで大粒の涙ばかり流していたら坂井さんが笑顔で居てくれているのに申し訳ないです。
二年前の訃報は今でも嘘であって欲しいと思ってしまいます。でも事実です。同じ辛さ、悲しみを抱えている人が沢山居ます。皆頑張っています。私も微力ながら家事、育児、日々頑張っています。あなた様も無理をし過ぎずよう頑張ってください。
投稿: まゆりん | 2009年6月 1日 (月) 12時49分
まゆりんさんへ
いつもコメントありがとうございます。
まゆりんさんのおっしゃる通りZARDファンが
その現実に慣れるなんてあるわけないですよね。
皆さんそれぞれに色んな想いを抱えながらも
明るく頑張っていこうとしているんですよね。
ZARD Familyが笑顔で暮らしていく事
それが坂井さんの幸せに繋がる事を
よく分かっているはずなのに
未だ出来ずにいる自分…(-_-;)
今までは坂井さんの幸せがあってこそ
自分の幸せが成り立ってきましたが
これからは坂井さんの幸せの為に
自分自身が笑顔で頑張っていかねばなりません。
自分にとって最も難しいことですが
坂井さんの幸せの為に頑張っていこうと思います。
いつもコメント本当にありがとうございます<(_ _)>
投稿: 冬の晴れた日 | 2009年6月 1日 (月) 21時38分